大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(く)291号 決定

少年 H・O(昭三〇・一・一二生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年の附添人飯山一司作成名義の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用するが、所論は要するに原決定には重大な事実の誤認があるというものである。

よつて、本件事件記録および少年調査記録を調査、検討するに、原決定が少年に対し認定した本件過失は少年が運転免許を有せず、かつ、運転技術も極めて未熟であるのに本件場所において時速約二〇キロメートルで本件貨物自動車を運転進行したという、刑法二一一条後段の重大な過失を内容とするものであることは、その決定理由の明示するところであつて、かつ、右認定を裏付けるに足る証拠資料にはいささかも欠けるものはないので、所論はすでにこの点において失当として排斥を免れない。もつとも、所論は、本件審判にあたつては、本件各送致にかかる刑法二一一条前段の業務上過失致死ないし致死傷の事実における過失内容、すなわち、少年が自車と同方向に進行中の○木○子(当二〇年)運転の自転車を右側から追い抜くにあたり、その動静を注視し、十分な間隔を保ち、安全を確認してその右側を進行すべき注意義務があるのに、その動静を注視せず、同車に接近し対向車とのすれ違いに気を取られ時速約二〇キロメートルで進行した過失の有無のみを判断すべきであるとの前提に立つているかもしれないが、もともと少年審判手続には、訴因、罰条の変更手続にかかる刑事訴訟法規がそのまま適用されるものではないと解せられるのみならず、仮りに訴因、罰条の変更手続に関する規定の類推適用があるとしても、業務上過失致死の起訴に対し重過失致死を認定するについては訴因、罰条の変更手続を経る必要はないとする昭和四〇年四月二一日最高裁判所第二小法廷決定(判例集一九巻三号一六六頁参照)の趣旨に徴すれば、原審が前記引用のような重過失による事実を認定したからといつて、手続上の違法を冒したものといえないし、さらに当審において本件送致にかかる前記の具体的過失の有無につき各記録を調べてみても、必ずしも事実誤認があるとは認めがたい。すなわち、所論は本件被害者○木○子は自車の後方に○沢○○美(当八年)が自転車に乗り追随していたので、右後方を振り返りながら運転走行したもので、蛇行の形態をとつていたのであるから、原審としては右後方車両運行の事実、右○木運転車両と少年運転車両との距離関係等につき調査すべきであつたのにかかわらず、これを怠つた結果事実の誤認を冒しているというが、本件事故当時右○沢運転の自転車は右○木運転車両の前方を進行していたものであることは、○木○子の警察官調書中の関係部分の記載に徴し明白であるし、自車の荷台上の○沢○康(当六年)の方を見るため後方を振り返つた事実のあることは窺われるが、そのこと自体被害者側の過失といえないことは勿論、本件事故発生場所の状況等にもかんがみると、少年の前記具体的過失の成立を否定すべき事由となるものではない。また、所論は、右○木の受傷部位は右膝、右肩右肘であるのにかかわらず、同女が自転車から左側に転倒したものであることは同女および目撃者○倉○次の各供述によつて明らかであるところ、原審が右受傷の時期、経緯を解明した形跡は存しないのみならず、同女運転車両の右ハンドルの握り、ペタルの先に擦過痕が存在し、かつ、死亡した前記○沢○康の路上転落方向が同女運転車両の進行方向の右側へ向つていること等をも考え合せると、同女が少年運転車両の左側部分へ倒れたとも考えられるとし、縷々事実誤認の事由を述べているが、本件事故の唯一の目撃者ともいうべき○倉○次の警察官調書および原審審判調書中の供述記載によれば、本件事故発生前の状況として、少年運転車両は右○本の運転する自転車の右側を追い越していつたものであるところ、両車が平行に並んだ際、少年運転車両の前方に対向車があつたので少し左の方に寄つて行くので危いと思い、何気なく「危い」と声を出してしまい、そのあと、少年運転車両の左ドアーの「取手」金具の少し下の部分が右○木の右肘かハンドルあたりに接触して(同女は、自己の右肘に接触したと供述している。)、同女は急にハンドルを右に取られて左にひつくりかえつたというのであり、右接触に徴し、また転倒の際の倒れ方の態容により同女が右肘、右膝、右肩に対する傷害を受けるであろうことは十分推認しうるところであつて、原審に審理不尽ないし調査不十分に基づく事実の誤認があるものとはとうてい認められない。もつとも、右○倉の警察官調書中には、右接触前、右○木の方でも前方の邪魔物のせいか、ほんの僅か少年運転車両の方に寄つたように見えたと思う旨の供述記載が存在し、所論もこれを利益に援用するものと解されるが(なお、○木○子の警察官調書中にも、自車進路前方に洋品店の客の自転車が何台も立て掛けてあり、停車中の対向車(トラツク)もあつて、進路が狭まつたので、いくらか右に寄つて進行した旨の供述記載部分がある。)、右○本の行動にかりに何かの落度が認められるべきであるとしても、少年自身の本件具体的過失が消滅すべき情況にあつたと認められないことは、すでに説明したところから明白であるというべきであるから、右所論もとうてい採用のかぎりではない。

これを要するに、原決定には何ら事実の誤認は存在しないので、論旨は理由がない。

以上の次第で、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段によりこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 栗木一夫 判事 小川泉 藤井一雄)

参考二 附添人弁護士飯山一郎の抗告理由(昭四五・一二・二)

原決定を取消し、右事件を原裁判所へ差し戻す。

との決定を求める。

抗告の理由

一 ○沢○○美(当八年位)が自転車に乗り、○木○子の後方にあつて進行していたため、○木はその後方を振り返りながら自転車(荷台に○沢○康を乗せて)で本件路上を走行していたので、H・O(本件少年)からみると、○本の自転車走行はジグザグ進行の如くみえ、また、証人○倉○次からみると、○木の自転車走行は蛇行していることを明白にしており、このことは、実況見分調書添附の図面によつても明らかである。しかるに、原裁判所(警察の捜査も同様であるが)が、右○○美の自転車走行の事実、並びに右○本との距離等を調査していないことは、本件少年の過失を認定するにつき、重大な見落しであり、事実の誤認を犯している。

二 ○木の受傷した部位は、右ひざ、右肩、右ひじであるに拘らず、自転車からの転倒は左側であることを○木、並びに○倉証人が供述している。○木の身体の右の部分が、どのような時に、どのような仕方で発生したか、全く解明されていない。

のみならず、○木使用の自転車の右ハンドルのにぎりと、そのペタルの先に擦過痕があることが写真によつて判明している。

亡○沢○康が、進行方向の右側へ顔を下にして路上転落したことも明らかである。

とすると、右自転車の右側擦過痕、右○木の身体の右側受傷をみるならば、右○本が、本件少年運転の自動車の左側部分へ、倒れたことが、十分に判断されるのである。

右○倉証言(裁判所)も、明らかに、自転車の先に邪魔ものでもあつたのか、ほんのわずか自動車の方に寄つたように見えたことを明言している。

とすれば、○本自身が、少年運転の自動車の左側へ、すくなくとも、倒れかかつたとみることが真相ではないか、と思料されるに拘らず、この点をも解明せず、原決定をなしたことは重大な事実を誤認したものといわなければならない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例